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斜め45度からの理説

どこにも転がっていない理論や方法論を語ります。

「国語」と「数学」を学び直せば、文章は見違えるほど上手くなる

書籍 理論・方法論

良い文章を書くために必要なのは、表現力ではない。論理力である。私は以前からそう考えている。
なぜなら、表現力とは「具体的に表す力」「喩える力」であり、どちらも論理力がないと出来ないからだ。つまり、表現力は、論理力が生み出す産物でしかない。文章力を高めたいなら、論理力を鍛えるのが最も近道なのである。

 

 

国語を学び直せ

昨日、私と近い考えを持った書籍に出会った。
「『本当の国語力』が驚くほど伸びる本」(著者 福嶋隆史)である。

「本当の国語力」が驚くほど伸びる本―偏差値20アップは当たり前!

「本当の国語力」が驚くほど伸びる本―偏差値20アップは当たり前!

 

 

本書では、国語力ひいては文章を書く上で必要になる能力は、論理的思考と説いている。そして、論理的思考力を構成しているのは「言い換える力」「比べる力」「辿る力」と記していた。

私もこの考えには強く共感できる。いかに論理的に文章が書けるか、これがすべてだ。たとえ小説やエッセイであったとしても、論理力のない小説やエッセイはただのポエムである。(ポエムごめんよ)

著者・福嶋氏が提唱している「言い換える力」と「比べる力」があれば、表現力は自ずと高まる。抽象的な表現を具体的な表現に言い変え、具体的な表現を抽象的な表現に言い換える。これができるだけでも表現力の幅は広がるだろう。また、比べる力があれば、コントラストのある表現ができるようになるばかりか、具体性が増し、より分かりやすい文章になる。そして、最後の「辿る力」があれば、因果関係や脈略がハッキリとわかり、理解しやすい文章が書ける。

なぜ私がこれほどまでに論理的思考力を強く押すのか。それは、これから紹介する書籍が、論理力と文章力の密接な関わりを私に教えてくれたからだ。

 

 

数学を学び直せ

仕事柄、私は文章を書くことが多い。
文筆を業としていれば、文章が上手くなるのは自然なことだ。とはいえ、それに甘んじているわけにはいかない。美容師や料理人が日々練習や修行に励むように、私も、模写・漢字の暗記・読書など日々怠らずに行っている。

過去私は、文章力を鍛えるため、書籍を数多く読んできた。その中で、群を抜いて役に立った書籍がある。それは、「細野真宏の数学嫌いでも『数学的思考力』が飛躍的に身に付く本!」(著者 細野真)。

細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!

細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!

 

 

タイトルを読んで分かるように、数学がベースになっている書籍だ。「数学的思考力」と銘打っているが、本書も論理的思考力を鍛える書籍である。

はじめて本書を読んだ時、「数学的思考で書くと、これほどまでに文章が読みやすくなるのか」と衝撃を覚えた。何度も何度も読み返した。著者の他の書籍もすべて買い、読み尽くした。読んでいるだけで、思考力が鍛えられる錯覚すら覚える。それほど刺激的だったのだ。それからというもの、数学的思考を念頭に置き、日々文章を書くようにした。すると、文章が上達するのが目に見えて分かった。

この経験があるため、先ほど紹介した福嶋氏が提唱する「言い換える力」「比べる力」「辿る力」の重要性は深く頷けるのだ。数学的思考法も、本質的には同じことを提唱している。

もしあなたが「文章力を上達させたい」とお思いなら、上記の二冊を購入することを強くお薦めする。抜きん出た文章を書きたいなら、両書は必読だ。

 

 

まとめ

文章本は巷に溢れている。
そのほとんどは、正しい文法について記されてたものだ。確かに、正しい文法を知るのは大切だ。だが、人から「洞察が深い」「分かりやすい」「着眼点が良い」と評されるものを書くには、文法通り書くだけでは足りない。論理的思考力が必要になる。
スポーツで喩えるなら、文法は技術、論理的思考力は基礎体力と言える。基礎体力を鍛えなければ強いスポーツ選手には育たないように、論理的思考力がなければ優れた文章は書けない。
文法的な話は他の書籍に任せよう。論理的思考力は紹介した二冊に委ねよう。国語と算数の両アプローチから鍛えれば、論理的思考力はきっと身に付くだろう。



※着眼点を鍛えるなら「悩みのるつぼ」

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)

 


これも、文章本ではないね。