読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

斜め45度からの理説

どこにも転がっていない理論や方法論を語ります。

大人になったら身に付けたい「巻き込む力」

稀に、他人を巻き込むことに秀でた人に出会う。あれよあれよと言う間に大勢の人を巻き込み、大事を成し遂げている。それでいて、参加させた皆を楽しませている。このように、他人を大勢巻き込み、皆を楽しませる力を「巻き込む力」と私は呼ぶ。

私の知り合いに、巻き込む力を持った84歳になる女性がいる。バイタリティに溢れ、年に1回300人の来場者を超える大きなイベントを催す。そのイベントを成功させるべく、スタッフとして毎年30名近くの人が巻き込まれている。

私が彼女と初めて会ったのは今から15年前。当時16歳だった私は、環境問題にとても関心があり、たまたま彼女にそれを話した。私の話を聞いた彼女は「あんた、話が上手いね。今度人を集めるから簡単な講演会をしなさい」と言った。私は本能的にこれをチャンスだと感じ、すぐさま快諾した。

数週間後、彼女は約束通り10名前後の人を集め、私は2時間ほどの講演をした。だが、これは始まりに過ぎなかった。彼女は講演会終了後、参加者の一人に「あんたの所でもしなさい」と主催を勧めたのだ。参加者も「ええ、じゃ今度は私が集めます」と応え、その場で次回の講演が決まった。さらにまた次の場所でも彼女は声をかけるなど、講演会が開かれるたび、参加者に主催を呼びかけた。そのお陰もあって、広島、岡山、山口、兵庫、東京、沖縄で講演する機会に恵まれた。また、回を重ねるごとに来場者数も増え、一番多いときには120名を上回った。私は16,17歳のときに、彼女を通じて「巻き込む力」の凄さを目の当たりにしたのだ。

巻き込む力はどこから来るのか。
彼女を見ていて思うのは、“楽しみと貢献の押しつけ”に核があるということだ。彼女は何かを勧めて人を巻き込むとき、遠慮や躊躇がない。「楽しいことだからやりなさい」「世の中に貢献することだからやりなさい」という無言の圧力がある。「やらない?」ではない、「やりなさい」だ。彼女は心根できっとこう思っているのだろう。楽しいことや社会貢献することを勧めるのに躊躇する必要は無い、と。

当然、彼女のやり方に強引さを感じる人もいる。だが、人を巻き込むには、ある程度の強引さは必要だ。巻き込む力のある人とない人とでは、この強引さに対する認識が大きく異なる。
普通の人ならば、「強引に巻き込むのは人に迷惑をかける」「嫌がられるのではないか」と考えてしまう。巻き込む力のある人は、「その人のためになるのだから、強引にでも勧めてあげなければならない」と考えている。後者は自分勝手な考え方かもしれない。だが、それでいい。彼女が未だ多くの人を集め、大きなイベントを催せるのは、巻き込まれたことで楽しい時間を過ごせた人たちがいるからではないだろうか。

冒頭で書いたように、巻き込む力は、大勢の人を巻き込み、楽しませる力である。ただ単に巻き込めばいいというものではない。巻き込んだ人を楽しませることが重要なのだ。これが、大人になったら身に付けたい力の一つである。