斜め45度からの理説

どこにも転がっていない理論や方法論を語ります。

みんなの責任は、みんなを無責任にする | 傍観者効果の果てに

起業当初、私はある運送会社と契約の話を進めていた。
毎回、打ち合わせに来る担当者が違うため、その都度、一から説明しなくてはいけなかった。面倒に感じた私は、運送会社に電話して尋ねてみた。「うちの担当はどなたになりますか?」と。すると窓口からは、意外な答えが返ってきた。「お客様の地区には5人の担当者がいます。5人全員が担当者です」。私はこの話を聞いて、「これはトラブルになるな」と直感した。

予想通り、運送会社の手違いや情報伝達ミスが度重なり、6回も打ち合わせする羽目になった。契約後も、見積り金額と請求金額の相違があったりと、トラブルは続いた。

運送会社にも事情があるのだろう。
地域別に数人の担当者を張り付け、手の空いている者が顧客の元へ向かえば効率が良いと考えたに違いない。だが、結果的にそれが裏目に出た。

「みんな」が担当者、「みんな」が責任者の意識でいると、個々の能力を下げ、責任意識を減退させてしまう。
この事実に関する面白い実験があるので、紹介したい。

 

 

集団思考は「手抜き」に変わる

書籍『その科学が成功を決める』(著者 リチャード・ワイズマン)に面白い記述があった。集団思考の科学的実験結果だ。引用すると長くなるため、私のほうで要約する。

その科学が成功を決める (文春文庫)

その科学が成功を決める (文春文庫)

 

 

実験1

一人の学生にニューヨークの通りで痙攣発作を演じてもらい、通行人が助けるかどうかを調べた。それを、通行人の数が違う場面で何度も繰り返した。結果は、通行人の数が多いほど、助ける人の数は少なかった。
この実験結果は「傍観者効果」と呼ばれ、社会心理学のどの教科書にも載ることとなった。

 

実験2

一人でアイディアを出すグループと、集団でアイディアを出すグループに分け、それぞれに同じテーマの出題をした。結果は、実験の大半において、一人で考えるグループのほうがアイディアの質も量も上だった。

 

実験3

参加者に綱を引いて重りを動かすよう頼んだ。一方は一人で。もう一方は集団で。結果は、一人で綱を引くほうは85kgのものを動かせたが、集団で綱を引いたほうは65kgしか動かせなかった。

 

 

この実験から見えてくるもの

「協力し合えば大きいことも成せる」
「集団で考えたほうが良いアイディアが生まれる」
先の実験を見るからに、これらの考え方には諸手を挙げて賛同できない。

集団による相乗効果(シナジー効果)を得るには、いかに傍観者効果を取り除くかが重要なカギとなる。単に、みんなが担当者、みんなが責任者では駄目なのだ。個々が役割分担を持ち責任を全うして、はじめて集団による相乗効果が生まれる。

たとえば、セミナーなどでよく行われる「ワークショップ」がある。
実験2から分かるように、集団で考えさせるよりも個々に考えさせるほうが良いアイディアが生まれやすい。

では、ワークショップに意味はないのか。それは違う。手順の問題だ。
私もセミナーでワークをすることがままある。その際は必ず、個々にアイディアを考えてもらい、次にアイディアをグループ内で発表してもらう。その後に、皆から出たアイディアを参考にして皆で考えるか、または、再度、個々で考えてもらうようにしている。
始めから皆で考えるのではなく、まずは一人一人考えさせなくてはいけない。皆のアイディアを聞いたり考えたりするのは、その後でいい。

このようにして、個々に責任や役割を与えなければ、個々のパフォーマンスは著しく低下してしまう。

冒頭で紹介した運送会社のトラブルは、まさに傍観者効果が働いた結果だろう。ちなみに、その運送会社とは数ヶ月間後に契約解除して、ほかの運送会社と契約を交わした。

 

 

まとめ

「全員責任」は「全員無責任」である。
全員が個々の責任を果たすことが、真の意味の「全員責任」なのである。